去る2018年9月9日、那覇市にあるOKINAWA Dialogにて「ライター交流会 in 沖縄 Vol.1」が開催されました。会場は30名以上の参加者の熱気でいっぱいになり、懇親会まで含めて大盛況のうちに幕を閉じました。
このイベントは2部制で構成されており、第1部では、東京のフリーライター/編集者である中森りほさん、フリーライターの鈴木しのさんが登壇。ライターになったきっかけ/1日のスケジュール感/東京ならではのライターのお仕事観などをテーマにトークセッションが行われました。
第2部では、沖縄でフリーライターやジャーナリストとして活動されている3名がトーク。ライターになったきっかけ・1日のスケジュール感・沖縄の情報の切り取り方などを話されていました。
この記事では、第2部のトークセッションについてまとめています。(第1部はこちら)実務に関するお話をたっぷりご紹介していきますので、“これからライターにチャレンジして、沖縄から盛り上げていきたい!”という方の参考になれば幸いです。
【第二部】沖縄で活動するフリーライター、ジャーナリストに聞く!
沖縄タイムス記者。1982年那覇市生まれ、首都大学東京大学院2年。2007年に沖縄タイムス入社。学芸部、社会部を経て2014年からデジタル部に所属。「沖縄戦デジタルアーカイブ」がジャーナリズムイノベーションアワード最優秀賞などを受賞。キスマイ好きの元マイルドギャル。引用元:みやねえのWebuzz!!
関東出身・沖縄在住のフリーライター。ライター業では、主にパートナー企業から依頼される執筆、沖縄在住フリーランスの女性を応援するブログ「La La CLiP*(ララクリップ)」を個人で運営。女性フリーランス向けのウェブ講座や、フィリピン・カナダへの留学相談もゆるく受付しています。引用元:みやねえのWebuzz!!
埼玉出身、沖縄移住組。二拠点生活(沖縄と埼玉)で活動するフリーライター・編集者。2015年からWebライティング「みやねえ講座」を開催し、沖縄のライター系イベント「ライター交流会 in 沖縄」を企画・運営。2018年、沖縄のライターコミュニティ「OKINAWA GRIT」を立ち上げ。《地方×Web×働き方》をテーマにした個人ブログ「みやねえのWebuzz!!」運営。
エッセイ、インタビュー、イベントレポート、Webコンテンツの企画系記事の執筆を得意とする。引用元:みやねえのWebuzz!!
ジャーナリスト、フリーライターになったきっかけは?
みやねえ:記者になったきっかけを教えてください。
與那覇里子:沖縄タイムスに総合職として採用され、記者に配属されました。
記者になりたいとは思っていなかった反面、周りは記者になりたい人が9割で、その人たちに比べて熱量がとても低かったです。でも、記事が書けるようになってくると「こんな楽しいことはない!」と思うようになりました。
タイラミオ:私は趣味として日記を書くのがずっと好きで、大学を中退してすぐに、志を持ってWEB制作の会社に入りライティング業務を始めたのですが、現実はすごく厳しくて“書くことは好きだけど、仕事としては向いてないのではないか…?”と、実は半年も続かずにやめてしまった過去があります。
みやねえ:2人とも、挫折から始まったんですね?
タイラミオ:はい、当初は挫折ばかりでしたが、今となってはやりがいを感じています。
そのきっかけが、フィリピンで働いている時に出会った方からライティングの仕事の依頼をされたことでした。
みやねえ:これが噂の、無償で100記事書いたというエピソードですね!
タイラミオ:はい。現在はビジネスパートナーとしてお世話になっていますが、当時はその方も起業したばかりで「報酬をあげたいけど難しい。100記事までは無心で無給で書いてほしい」と言われたんです。
今考えると、他人のウェブメディアのために時間を費やして無償で書くというのはかなりリスクが高いことですが、当時は「一度挫折した私に与えられた最後のチャンスかも」と思ったんです。
大きな賭けでしたが、その人のことを信頼していたし騙されてもいいから、それでも頑張ってみたいと思ったので引き受けました。
みやねえ:もともと信頼関係があったということですね。
タイラミオ:はい。カナダの情報記事を3か月かけて100記事書き上げました。結果としてそれが自分の自信にもなったし、今では複数のサイトを任せてもらえるようになりました。
みやねえ:今、運営しているサイトでは、どれくらいのアクセス数があるんでしたっけ?
タイラミオ:1サイト約300記事を掲載するメディアを6サイトほど担当していて、ある1つのサイトは月間20万PVくらいアクセスを集められるようになっています。
みやねえ:記事の中にGoogleアドセンスという広告を入れていて、その収益が入って来てるんですよね?
タイラミオ:広告収入が多いときで、月100万円ほど給料をもらっていたこともありました。これ以上の内容は、個別に聞いてください。笑
みやねえ:なるほどですね。私の場合は、当時大好きで毎日読んでいたWEBメディア「LIGブログ」を運営する株式会社LIGさんが、2013年3月に初めてライター募集をかけて、それに応募したのがキッカケです。その後、ライターに採用されて新規立ち上げメディアで沖縄情報を書くことになりました。
記者とフリーライターの仕事ぶりって? 一番忙しかった一日が知りたい!
みやねえ:これまでで一番忙しかった時のスケジュールを教えてください。
與那覇里子:社会部にいた頃は、取材に合わせて13時頃に出勤。翌日の朝刊に掲載するために、県庁など各所に取材をして22時までに素材をそろえ、遅くとも24時の締め切りまでに原稿を提出する、というスケジュールでした。
毎日の事件事故などのストレートニュースとは別に、背景に何があるのかを深追いしたい社会的な課題についても同時進行で取材をしていたので、大変でしたね。
みやねえ:テーマが複雑だと、取材する側も大変ですよね。
與那覇里子:24時までに翌日朝刊用の原稿を出稿してからチームで取材に出てそのまま朝を迎えたこともありましたね。
WEB担当になってからは、定時の18時に退社できるようになりましたが…。
みやねえ:ミオさんはいかがですか?
タイラミオ:今はそんなに忙しい日を作らないようにしていますが、月に100本の記事を書いていた頃は、夢の中でも記事を書いているような状態でした。
睡眠時間はしっかり6〜7時間確保しているんですけど、頭の中ではずっと記事のことを考えていて、夢か現実か分からない状態というか、パソコンを開いて記事が出来上がっていなかったから「あぁ夢だったんだな…」とガッカリしたり。
朝7時までに起床してすぐに記事を書き始め、昼2時すぎにお腹が空いたことに気づいてご飯を食べて。また記事を書き、22時頃にご飯を食べて寝る直前まで書くという日々が続きました。でも体調を崩してしまってからは時間管理をするようになりましたが、当時は太りましたね。笑
仕事柄ずっと座りっぱなしだし、沖縄では車生活で運動もせず、食事の時間も不規則になって5〜6kg太ってしまいました。
みやねえ:どうやってライターのお仕事を獲得していったのでしょうか。
タイラミオ:WEBサイトを運営していて、ブログやメディアを見てくださった方が連絡をくれたり、自分の店に取材に来てほしいと連絡をいただけるのがすごく嬉しいです。今後も、向こうから仕事がくるような状態になるのが目標です。
みやねえ:私の場合は、沖縄県内のスポットへインタビューや取材をしに一気に回っていた時期があって、沖縄本島の北部、中部、南部とエリアごとに分けて、1日に集中して同じ地域を数件まとめて取材する、ということをしていました。パズルを組み合わせていくようなイメージでスケジューリングしていましたね。
1日の取材件数の多さでいえば、雑誌の取材だったんですが、1日8カ所の雑貨屋さんを取材したことがあります。カメラマンも同行して1カ所30分ずつ取材して。移動時間もギリギリでしたが、なんとか順調に回れましたね。。
独特な背景を持つ、沖縄情報の切り取り方
みやねえ:與那覇さんが書いたYahoo!個人の記事「なぜ沖縄の成人式は“ド派手”になったのか?」はかなり拡散されましたね。沖縄の成人式は派手、暴れる…などと言われることもありすが、その表面上だけでなく、裏側にある背景や歴史を絡めて書いてありますよね。
與那覇里子:新聞とライターさんの間を狙って書き分けて情報を切り取るというのが、私がWEBで執筆する記事のスタイルなんです。
毎年成人式の時期になると、東京の記者から「今年は、どこの中学が荒れそう?」とか聞かれるのがどうも違和感があって悔しかったのもあり、いかに具体的な根拠を用いて執筆できるか、読者を説得できるかが論点でした。
みやねえ:予め下調べとかもしたんですよね?
與那覇里子:歴史をなぞったり、社会学の先生方に連絡をしたり。最近の流行りを取り入れて、会社のデータベースから写真を借りて、構成2日、執筆に丸1日かかって作り込みました。
これならいけそう!と手応えを感じられたのは、記事をリリースする2日前でした。書きたい思いが強かった記事なので、いつ公開すればより多くの人たちに拡散されるだろうかということも計算してはいましたね。
みやねえ:当時、SNSで記事が拡散されているのを見かけたし、とても素晴らしい内容でしたね。
與那覇里子:ありがとうございます。沖縄の課題を可視化するのが私たちの仕事でもあると思うので、単なるグルメ情報とか、「こんな事件事故があったよ」ということだけでなく、成人式の記事のように彼らの気持ちなど、普段はあまり取り上げられない部分を拾い上げていきたいですね。
みやねえ:沖縄の社会的な課題を取り上げた記事は、月何本くらい書いてます?
與那覇里子:記者の仕事だけをやっているわけではないので、合間の時間を使って執筆しいます。ここ最近は、あまり書いてないかもですね。
みやねえ:ミオさんは、沖縄の情報を書かれていますか?
タイラミオ:La La CLiP(ララクリッップ)というWEBマガジンを運営していて、沖縄のフリーランスの女性に役立つ情報に特化した記事を書いています。
みやねえ:コワーキングスペースやWi-Fi情報などが載っていますね。お店にアポを取ってから取材に行ったりしてるんですか?
タイラミオ:自分で足を運んで利用してみて、本当に自分が紹介したいと思った場所のみを書いています。基本的にはアポも取らないし、取材料ももらっていないです。
みやねえ:今までに何カ所くらい回ったんですかね?
タイラミオ:コワーキングスペース10カ所、Wi-Fiや電源のあるカフェも県内に20カ所ほどあって、北から南まで回ります。
みやねえ:その中で、ミオさん的にどこが好きですか?
タイラミオ:宜野湾市だと、Gwave CafeやCAFE UNIZONですね。
みやねえ:那覇市ならおきなわダイアログですかね?笑
タイラミオ:そう、ですね。笑
みやねえ:私の場合は、不動産・賃貸情報サイトSUMMOのマガジン版「SUMMOタウン」で執筆したとき、沖縄に移住してから宜野湾と新都心の2か所に住んだことがあるので、2つの地域について書きました。記事はコチラ。
沖縄と言えば海とリゾートですが、ありきたりのリゾート押しの記事だけは絶対に書かない、と決めていました。一般的に書かれている沖縄移住情報でもなく、こんな住み方もあるよ、という書き方をしてます。
悪い部分も書かないとリアルじゃないですよね。でも県民からすると、自分の住む地域を悪く言われるのは誰でも嫌じゃないですか。そこで、ヒーラーの話とか、基地問題・教育・賃金の問題に関して、最後3行ほどにまとめてサラッと触れてます。
ジャーナリズムとは批判精神を持ちつつ、見えなくなってしまったリアルの世界を書き出すこと
みやねえ:與那覇さんにとって、ジャーナリズムとはなんですか?
與那覇里子:ジャーナリズムは権力を監視する役割もあるので、ライターさんと違ってあまり褒め称えるということをしないんですね。今後は、褒めと批判の間を書き抜く書き手が増えてくるのではないかと思っています。
最近は、SNSを見てもみんな夢の中にいるような、本当のリアルがわからなくなってきていると思うんです。
例えば、沖縄への憧れがあって移住してきても、賃金の問題など移住して初めて分かる現実があると思うんです。だから、ネットにあふれている観光情報などだけではなく、理想とリアルな世界の間を書き抜くというのが未来に向けたあり方なのかな、という気はしています。
将来的には、沖縄でできたコミュニティを東京に持っていくという逆輸入があってもいいんじゃないか、とも思いますね。
沖縄のライターコミュニティ「OKINAWA GRIT」では若手ライターを募集中!
みやねえ:最近、沖縄のライターコミュニティ「OKINAWA GRIT(オキナワグリット)」を立ち上げました。フリーライターだとひとりで悩みを抱え込んだり、でも相談相手がいなかったり、原稿料を振り込んでもらえないなどのトラブルも聞いたことがあります。
最初の目的は、悩み相談の場づくりでしたが、今はそこからさらに広がって、メンバー同士が励まし合って一緒に仕事をするとか、ライターの勉強会をするとか。せっかくライター同士が集まるのならば、最終的には仕事を取りに行きたいとも思っています。ライターを必要としてる企業様も募集しています!笑
まとめ
第2部に登壇していただいた沖縄在住のライターや記者の方々は、沖縄にいるからこそ分かること・感じることをライーターやジャーナリストというそれぞれの立場から色んな角度で“沖縄”を捉えて情報を発信していらっしゃるなと感じました。
OKINAWA GRITという若手ライターのためのコミュニティもでき、沖縄でライターとして活動したい方にとって素晴らしい環境が整ってきています。沖縄のライター業界は、これからもっともっと発展していきそうな予感がしました。
今回のイベントは、「#ライター交流会 in 沖縄」のハッシュタグにてTwitterで確認できます。イベントの様子や参加者が感じたことを発信していますので、ぜひご覧ください!
それでは、最後までお読みいただき、ありがとうございました!
編集:OKINAWA GRIT運営 みやねえ
写真:タマシロリナ
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